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松代地震から40年

 

産業技術総合研究所地質調査総合センター 小泉 尚嗣

1. はじめに
 地震と水のかかわりについては,「地震発生と水」(笠原・他編,2003)という本が近年出版されたように,約30年前にダイラタンシー水拡散モデル(Nur, 1972 ; Scholz et al., 1973)が流行して以降,改めて関心が高まっている.しかしながら,30年前との違いは,地表付近における地下水等の直接観測でもって,震源付近の水(間隙圧)の情報を得ることに対する期待度が非常に低いことである.確かに,内陸大地震の震源の深さに相当する深さ10km以深における間隙圧の情報を,地表付近の地下水等の測定で求めることが困難なことは事実であるが,岩石の破壊強度に大きな影響を与える間隙圧に対して,直接測定に基づいて何らかの拘束条件を得ようという努力はもっとなされてもよいように思う.また,地震発生サイクルを考えた場合,断層の修復過程(強度回復過程)において,水−岩石の化学反応が重要な役割を果たしていることは明らかであるが,地震発生に直接関与した水そのものを調査することは,深部の間隙圧推定以上に困難なことである.ところが,実際に地震発生に関与した水が地表に出てきて,その物理量のみならず化学的性質も調査できた事例が,筆者の知る限りただ一つある.現在から40年前に発生した松代地震である.
 本稿では,名著「松代地震から10年」(大竹,1976)をもじった標記の題をつけさせていただいて,松代地震の意義について改めて考えたい.

2. 議論
 長野市松代町で発生した松代地震(主活動は1965〜1967年だが,2005年現在も活動は継続中)は,長期かつ広域的な群発地震(ほとんどが深さ7km以浅の地震)であると同時に,地盤の著しい隆起・伸縮,新たな断層の生成,大量の湧水,地磁気や重力の変化といった多彩な地学現象を伴う地震でもあった(大竹,1976)(図1).Kitano et al. (1967)やYoshioka et al. (1970)によって,この湧水が,炭酸ガスに過飽和で,Ca2+・Cl濃度の高い(CaCl2型の)水であることがつきとめられた.CaCl2型の水は,油田塩水のような長期にわたって堆積物に閉じこめられていた地下水に認められるものである.このことは,地下深部の高圧な地下水が,割れ目に沿って上昇・拡散する過程で岩石の破壊強度を低下させて地震を引き起こすという松代地震水噴火説(中村,1971)の有力な論拠となった.
 図1を見ると,地震回数の3つのピークから,湧水量のピークは数ケ月〜1年程度遅れている.複数の観測井の水質の時間変化を調べたYoshioka et al. (1970)の結果では,Ca2+・Cl濃度がピークに達するのは,井戸によって1966年末〜1969年末とばらついた.この結果から,深さ数kmの震源域での間隙圧変化が地表に伝わるのに数ケ月から1年の時間差が生じ,さらに,深さ数kmで地震を起こした水そのものが地表にでるのに1年〜数年かかったと見ることが可能である.しかし,一方,同じ場所で行われた注水試験では,注水の約9日後に深さ1−7kmで注水による誘発と思われる地震が発生している(Ohtake, 1974).湧水量の測定点が1箇所しかないことについては注意が必要だが,このような場所・経路の違いによる間隙圧伝播速度(?)の違いや物質(水)移動速度の違いは興味深く,定量的な検討の余地が残されている.
 松代地域で湧出した水の起源についての検討は,群発地震発生当時,水の酸素・水素等の同位体比測定がまだ困難であったため,溶存イオン濃度をもとにした上記のような推定に留まっていた.1975年〜1978年に同地域で土壌ガスをサンプリングしたWakita et al. (1978)は,ヘリウム同位体比(3He/4He)の測定に基づき,マントル起源のヘリウムの寄与があるとして,上記地下水の起源を上部マントルから上昇した安山岩質ダイアピルマグマの冷却による水の放出だと考えた(Wakita et al., 1978).1999年〜2000年に同地域で地下水のサンプリングを行い,酸素・水素・炭素の同位体比測定を行った吉田・他(2002)は,第4紀火山が近傍にあるといったこと等も考慮して,安山岩マグマから脱水し下部地殻付近に滞留していたマグマ水(主成分はCaCl2ではなくNaClでそれに炭酸ガスが加わった水)が,松代地域で湧出した水の起源であるとした.これが,正しければ,松代地震を引き起こした水は局所的に限定されたものとなる.他方,松代地域が属する新潟−神戸歪集中帯(Sagiya et al., 2000)は全体として,マントル起源の物質の寄与を示す3He/4Heが高い(Sano and Wakita,. 1985).歪が集中することと3He/4Heが高いことは,この地域の下部地殻の構造的な弱さを反映しているという見方もある(Iio et al., 2002).2004年中越地震(M 6.8)は,松代近傍で高圧熱水の存在する地域で発生し(大木・他,1999),松代地震同様,長期に続く余震活動で特徴付けられているので,地震活動に関与する水は新潟−神戸歪集中帯の中の広い範囲で存在するのかもしれない.松代地震現象の再検討が,新潟−神戸歪集中帯のテクトニクスの解明に役立つ可能性もある.

図 1 松代地震前後の各種観測量の時間変化.重力加速度は松代一等重力点の値で1965年10月の推定値を基準としている.湧水は松代町一陽館旧源泉における湧出量.水平伸縮は皆神山−可候峠基線の伸び,上下変動は地震研究所特設水準点Cの隆起量を示す(大竹(1976)の図を一部変更).


3. まとめ
 松代地震は,実際の地震発生に関与したと考えられる水を化学分析できたことで,地球化学者と地球物理学者が協力してそのメカニズムを明らかにした画期的な地震であったが,なお,残された課題も多数ある.現在までに得られている知識をもとに,これらの課題を検討することで,地震と水とテクトニクスに関する新たな知見が得られる可能性が高い.

<参考文献>
Iio, Y. et al., Earth Planet Sci. Lett., 203, 245−253, 2002.
笠原順三・他編,地震発生と水,東京大学出版会,2003.
Kitano, Y. et al., Bull. Disas. Prev. Res. Inst., Kyoto Univ., 17 (2), 47−71, 1967.
中村一明,科学朝日,10月号,127−133,1971.
Nur, A., Bull. Seismol. Soc. Amer., 62, 1217−1222, 1972.
大木靖衛・他,温泉科学,48,163−181,1999.
Ohtake, M., J. Phys. Earth, 22, 163−176, 1974.
大竹政和,科学,46,306−313,1976.
Sagiya, T. et al., Pure Appl. Geophys., 157, 2303−2322, 2000.
Sano, Y. and H. Wakita, J. Geophys. Res., 90, 8729−8741, 1985.
Scholz, C.H. et al., Science, 181, 803−809, 1973.
Wakita, H. et al., Science, 200, 430−432, 1978.
吉田則夫・他,地震2,55,207−216,2002.
Yoshioka, R. et al., Geochem. J., 4, 61−74, 1970.


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