第5回:ESG研究とその現状Publications

北海道大学理学研究科 笹谷 努


 ESG研究とは、「Effects of Surface Geology on Seismic Motion(表層地質が地震動に及ぼす影響)」に関する研究で、1986年にIASPEI(International Association of Seismology and Physics of the Earth's Interior)とIAEE (International Association for Earthquake Engineering)に結成された合同ワーキンググループ (JWG) が中心となって行っている国際的な研究課題である。ESG研究の重要性は、地震動被害と表層地質との密接な相関などから、日本では古くから認識されていたが、1985年に発生したMichoacan 地震 (Mw=7.9)による軟弱な湖成粘土層上にあるメキシコ市での高層建築物の大被害が、この重要性を国際的に認識させた。


 日本の多くの都市は沖積平野上に存在し、その表層部は、砂、砂礫、粘土などの第四紀堆積層(S波速度, Vs=100~400m/s)で構成されている。多くの場合、平野の一部は海に面しているが、その周辺には岩盤(Vs > 2.5km/s)を地表近くにもつ山地で囲まれている。その結果、これらの都市は、周辺の山地を構成する岩盤を堆積層の深部に有する堆積盆地構造の上に位置することになる。日本最大の堆積盆地は関東平野であるが、全国的にみると、盆地の規模・形状、堆積層の厚さ・性質(S波速度)等は様々である。


 図1に示す簡単な堆積盆地をもとにして、表層地質が地震動に及ぼす影響について定性的に考える。遠くで発生した深い地震による堆積盆地への入射波は図にAと示された平面実体波(ここでは振幅の大きいS波に注目する)で近似できる。この場合、S波速度の大きい岩盤から速度の小さい堆積層中を伝播して地表に到達したS波の振幅は、岩盤上のそれに比べて大きく増幅される。このS波の増幅に加えて、盆地端部ではS波から派生した表面波(盆地生成表面波)が励起され、それが盆地内を横方向に伝播してゆく場合もある。遠くで発生した浅い地震による盆地への入射波は、下方からのS波の他に、平面表面波(図中のB)で近似され、その表面波は、速度の小さい盆地内で大きく増幅されて伝播する(盆地転換表面波)。一方、盆地近くで発生した地震(図中のC)による盆地への入射波は、もはや平面波とは近似できず、球面波として扱わなければならない。この場合、S波や表面波の増幅は、定性的には平面波入射の場合と同様であるが、その特性は異なってくる。図2は、実際の観測記録をもとに、上述のS波の増幅効果を例示したものである(この場合、表面波の励起はそれほど強くない)。ある堆積盆地においてどの周期の波がどれだけ増幅されるかは、入射波の特性、岩盤と堆積層とのS波速度比、堆積層中のS波速度分布、盆地の大きさ・形状、および、堆積層のQ値に大きく依存している。なお、堆積層表面波(盆地生成表面波や盆地転換表面波)の性質については、久田氏の講座(ニュースレター第9巻、2号、21-23)を参照されたい。


 ある地域の地震防災計画や強震動を予測する際に、表層地質が地震動に及ぼす影響の評価を行う必要がある。その評価には大きく分けて2つの方法がある。ひとつは、強震動観測を通してその評価を行うという方法である。すなわち、岩盤への入射波に対する堆積盆地の応答を実験的に評価する方法である。この場合、図1に示す岩盤上(R1)での記録のスペクトルを基準として堆積層上(S)の記録のスペクトル比をとりそれを増幅特性とみなす方法が多く行われている。この定義そのものはそれで良いとしても、その特性の解釈においては注意を要する。それは、先に述べたように入射波の種類によってその増幅特性が異なるからである。また、ボアホール地震計(R2)記録を基準とする場合もあるが、この場合、そのスペクトル比がそのまま増幅特性にはならないことに注意する必要がある。それは、ボアホール地震計記録には、入射波のみならず、地表からの反射波等も含まれているからである。さらにやっかいなことは、地盤の増幅特性が、地震動の強さによって変ることである。特に、軟弱な地盤においては、地震動のひずみレベルが大きくなると、地盤の剛性率とQ値の低下をもたらし、その結果、増幅特性が弱震動時とは異なってくる。図3は、ESG釧路アレイの1観測点(SMZ)における、1994年北海道東方沖地震による余震群(弱震動;約20gal)と本震(強震動;約200gal)の増幅特性を比較したものである。強震動時の増幅特性は、卓越周期の長周期側へのシフトと短周期地震波の減衰を示している(地盤の非線形応答の一種)。これは、弱震動から求めた増幅特性が強震動の予測にそのままでは使えないことを意味している。


 もうひとつは、対象地域の地盤構造に基づき、理論的・数値的に評価する方法である。近年の不整形地盤における波動場シミュレーション技術(差分法等)のめざましい進歩によって、3次元的に複雑な構造に対してもその評価が可能になりつつある。


しかし、計算機能力の問題で、現状では扱い得る周期の下限は約1秒であり、また、いくら計算機能力が向上しても、それにみあった精度で地盤構造を把握することが難しいという問題が存在している。一方では、シミュレーション結果を検証するための強震動データも、現時点では不足している。 


 図1においては地表を平らに描いてあるが、実際にはその地形は凹凸に富んでおり、これまで述べた堆積盆地による影響のみならず、この地形の影響もESG研究の対象である。例えば、1994年ノースリッジ地震によるTarzanaでの1.8gという大加速度は、丘(高さ=約20m、長さ=約500m、幅=約200m)による増幅効果と考えられている(ただし、まだ定量的に説明されたわけではない)。表層地質が地震動に与える影響の定性的な評価は比較的容易であるが、その定量的な評価には依然として多くの解決すべき問題が残されている。数値解析手法のさらなる開発、詳細な地下構造の把握、多点アレイによる観測データの収集、この3本柱による有機的な研究が、残された問題の解決に必要不可欠である。この有機的な研究をもくろんだテストサイトが世界各地で設けられ、現在も勢力的に研究が続けられている。実は、図2と図3は、日本のESGテストサイトでの結果の一例である。最後に、来年(1998年)の12月1日~3日に横浜で第2回ESG国際シンポジウムが開催されることを付記しておく。なお、ESG研究に関する詳しいレビューは、川瀬(地震、第46巻、171- 190, 1993)を参照されたい。


 原稿に対して、山中浩明、岩田知孝、川瀬博の各氏より貴重なコメントをいただきました。記して感謝いたします。


図1. 堆積盆地の略図

図1. 堆積盆地の略図
(記号の意味については、本文を参照)。


図2. 箱根地震による久野・足柄テストサイトでの観測記録
(東京大学地震研究所・工藤研究室による)。


図3. 弱震動時(細線)と強震動時(太線)との増幅特性の比較。

図3. 弱震動時(細線)と強震動時(太線)との増幅特性の比較。

1994年北海道東方沖地震群によるESG釧路テストサイトの一つSMZでの結果(ESG研究委員会)。

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