地震学会ニュースレター連載:強震観測の最新情報(10)

TriNet: Seismic and Strong-motion Recording in Southern California

James Mori (京都大学防災研究所)

 1994年ノースリッジ地震の経済的損失(〜3.6兆円)や1995年兵庫県南部地震の経 済的(〜24兆円)及び人的(死亡者6000名以上)な損失は、地震災害軽減に向けての 我々の地震観測体制の様々な不備を明らかにした。双方の地震とも比較的良好な地震 観測システムのある地域で起こったにも拘わらず、色々な面で有効な情報が得られな かった。ノースリッジ地震の場合、高層の鋼構造ラーメン建築の接合部にひび割れが 生じる、という広く公にされた問題を初め、数多くの構造物に大規模な被害を生じた (Krawinkler 他)。しかしながら、実際に被害を生じさせた地震動特性を明らかに するための強震動記録は、殆ど存在しなかったのである。兵庫県南部地震の場合は、 同様な強震動記録の不足に加え、緊急時の初動体制を確立するために有効であったと 考えられる、リアルタイムな地震情報にも不足していた。

TriNet の目的
 南カルフォルニアで地震観測を行っている主な機関(California Institute of Technology (Caltech)、U.S. Geological Survey (USGS)、及びCalifornia Division of Mines and Geology (CDMG))が共同し、地震及び強震観測ネットワークを改善す るためTriNetプロジェクトを開始した。計画では、南カルフォルニアにおける地震学 ・地震工学研究、及び緊急時対応に至る様々な要求を満たすように、統合されたシス テムの確立を目指している。南カルフォルニアにおいて高品質な地震計により、高密 度かつ信頼性の高いネットワークによって地震動データを収録し、記録を公開するシ ステムを構築するという、意欲的なプロジェクトとしてスタートした。
 このプロジェクトには三つの主目的がある。
図1
 1.緊急時に有効に対応するため、被害地震発生後、数分間で地震動情報を速やか に提供する。甚大な影響を受けた地域において、重要施設の点としての観測記録、及 び面的な各種分布の等高線図を緊急対応のため地元の機関に速やかに提供し、適切な 対応が取れるようにする。現在では、地表加速度、速度、震度マップは主要な地震 後、数分間でhttp://www.trinet.org/shake.htmlから得られる (Wald et al., 1998;図1)。
 2.構造物の耐震規定の改善、及び地震学的な研究に寄与するため、地震動データを 記録する。得られた弱震動及び強震動データは、被害地震時における揺れのレベルを 理解し、定量化するために活用されるであろう。耐震設計や耐震補強のためには、想 定される地震動のより良い情報が常に必要とされる。一方、地震学的な研究のために も、広いダイナミックレンジの広帯域地震計によるアレー観測は、近地から遠地地震 までの貴重な観測波データを提供するであろう。全てのデータは南カルフォルニア地 震センターのデータセンターから得ることができる(http://www.scecdc.scec.org)。
 3.早期地震警報システムのプロトタイプを開発する。地動に関する情報は速やかに 記録・解析され、ユーザーサイトに提供されるであろう。サンアンドレアス断層で巨 大地震が発生した場合、ロサンゼルスでは地動に10〜40秒ほど先だって警報が発せら れる可能性がある。

観測システム
本プロジェクトでは、リアルタイム情報は主としてパサデナにあるCaltech/USGSが中 心となり、一方、工学目的の膨大な強震動データはサクラメントにあるCDMGが中心と なる、という二つの機構で構成されている。2002年までに南カルファルニアの観測点 は670になる予定である。Caltech/USGS はUSGSによって始められた事業を200サイト にまで拡張し、広いダイナミックレンジの広帯域地震計/強震計を用いてテレメータ による連続観測を実施しつつある。CDMGは400観測点に及ぶデジタル強震動データを 提供すべく、新たな又は既存のサイトを整備しつつある。そのなかの多くの強震観測 点は、全域に渡る工学的な参照点を確立するためのCDMG独自の計画を兼ねている。加 えて、70の強震観測サイトがUSGSのNational Strong Motion Program (NSMP)によっ て設置されつつある。計470の強震観測サイトは電話線によるダイアルアップにより 結ばれている。そのうちの幾つかのサイトでは連続テレメトリーによるリアルタイム 情報を提供する予定である。現在の観測点情報はTriNetのホームページで見ることが できる(http://www.trinet.org)。

各機関間の協調
TriNetプロジェクトでは、連邦及び州政府機関、大学の研究機関、及び私企業間の協 力関係が強調されている。本システムは南カルフォルニアの各グループから提供され ているインフラの上で成り立っている。CUBE (Caltech-USGS Broadcast of Earthquakes)プロジェクトは1991年に始まり、地震危険度に関心を持つ南カルフォル ニアの政府機関と私企業との共同体を形成した(Kanamori et al., 1991)。このグ ループは本プロジェクトをサポートし、地震情報システムを設計するためユーザーサ イドの貴重な情報を提供してくれた。

他の地震観測ネットワークへのアドバイス
 南カルフォルニアで得られた経験は、他の地域で計画されるであろう地震観測シス テムに実用的な情報を提供するであろう。
 ・地震工学者、地震学者から危機管理の立案者にまで及ぶ広範囲なグループ間で の協力関係を成功させる鍵は、各グループのニーズと動機を良く理解することであ る。多目的なシステムを建設する場合、データに関する相反する要求は、様々なグ ループ間での妥協をしばしば困難にする(ときには不可能にする)。ネットワークを 成功させるには、有効に連携した議論と計画が必要である。
 ・観測システムを立ち上げ、運用するために最も重要なことは、タイムリーなこ とである。一度に全システムを構築することに努力するよりも、ネットワーク上の パーツを順次組み立てていった方が良い。ネットワークの管理者は地震観測で浴びて いる大きな脚光の中で、社会的なプレッシャーや期待に配慮しなければならないので ある。
 ・データの整備と公開は、観測システムの中で重要な部分である。すみやかな データ転送、大きなデータ収容能力、及びユーザーから容易に利用可能であること、 を充分に配慮して計画することが、地震観測からフルな恩恵を得るための必須であ る。
 ・ネットワークの計画と実現にはコストを常に考慮しなければならない。ハード ウェア購入はコストの一部に過ぎず、通常は全資金の50から70%程度であるべきであ る。機器の設置、ソフト開発、及びシステムデザインは、ネットワークの設営におい て常に過小評価されている。

(訳:工学院大学・久田嘉章)
原文(English Version)はこちら

参考文献
Kanamori, H., E. Hauksson, and T.H. Heaton, TERRAscope and CUBE Project at Caltech, EOS, Transactions, American Geophysical Union, 72, 564-565, 1991.
Krawinkler, H., J. Anderson, V. Bertero, 2. Steel Buildings, in Northridge earthquake of January 17, 1994 Reconnaissance Report, Volume 2, Eds. W.T. Holmes and P. Somers, Earthquake Spectra, supplement to C to vol. 11, 25-47, 1995.
D.J. Wald, V. Quitoriano, T.H. Heaton, H. Kanamori, and C. W. Scrivner, TRINET ``SHAKEMAPS'': Rapid Generation Of Peak Ground Motion and Intensity Maps For Earthquakes In Southern California, SMIP98 Proceedings, Oakland, 1998.

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