2016年度Awards

受賞対象論文

Geographical distribution of shear wave anisotropy within marine sediments in the northwestern Pacific

著者:利根川 貴志、深尾 良夫、藤江 剛、武村 俊介、高橋 努、小平 秀一
掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science (2015) 2:27,DOI:10.1186/s40645-015-0057-2

受賞理由

 海域では、構造探査によって海底下浅部の詳細なP波速度構造が明らかにされてきた。S波速度構造に関しては、P-S変換波を用いて推定することも行われているが、そこから更にS波異方性構造に関する情報を抽出した例は稀である。これは、人工震源を用いると震源でS波が励起されないこと、また自然地震を用いるには観測期間が限られていることが原因である。本論文は、海底構造探査記録から人工震源にも自然地震にも頼らずにS波異方性構造を求めた最初の論文であり、結果の重要性と手法の斬新さを併せて海底構造探査の発展方向の1つを示すものとなっている。

 北西太平洋に設置された254台の海底地震計の常時微動記録に地震波干渉法を適用し、その多くの観測点で音響基盤上面からの反射S波が抽出された。さらに、S波の振動方向による反射S波の走時差(異方性の大きさ)とその差が最も大きくなる方位(速い軸の方位)を観測点ごとに推定することで、北西太平洋の400×400km²の範囲において、世界でも類を見ないほど広域かつ稠密に海底堆積物の異方性構造をマッピングすることに成功している。

 得られた異方性の空間分布は、アウターライズ域では速い軸は海溝軸に平行で、千島海溝と日本海溝の接合部では、海溝軸の方向の変化にも対応して速い軸の方向が変化している。本論文では、このアウターライズ域の海底堆積物の異方性構造は、太平洋プレートの上に凸の折れ曲がりによる伸張応力場によって配向した亀裂が形成され、その構造が地震波速度の異方性を形成していると結論づけている。また、得られた反射S波や振動方向による走時変化を再現するため、常時微動の励起源を想定して等方性・異方性媒質における3次元波動伝播シミュレーションも行っている。それらの結果から、干渉法で抽出された反射波の走時差が何に起因しているのか(励起源分布の不均質性や、傾斜面・異方性などの構造の不均質性)を丁寧に評価している。

 近年の世界における海底観測の充実性は目覚ましいものがあり、海底記録から新たな情報を抽出するための手法開発は重要である。本論文では新たな手法の有効性が実証されており、今後の海底地震観測研究に大きく貢献することが期待される。 以上の理由により、本論文を2016年度日本地震学会論文賞とする。

受賞対象論文

Source rupture process of the 2011 Fukushima-ken Hamadori earthquake: how did the two subparallel faults rupture?

著者:田中 美穂、浅野 公之、岩田 知孝、久保 久彦
掲載誌:Earth, Planets and Space,第66巻,101,DOI: 10.1186/1880-5981-66-101,2014年8月

受賞理由

 本論文は、2011年福島県浜通りの地震の震源破壊過程について、平行でも共役でもない2つの断層間の破壊の動的誘発に着目し、強震波形記録の解析と数値シミュレーションに基づいて、井戸沢断層の破壊によって湯ノ岳断層の破壊がどのように誘発されたかを解明したものである。本論文は、地震記録を用いた震源破壊過程に関する既往研究に比して、次の2点において斬新である。1点目は、湯ノ岳断層の破壊時刻及び破壊開始点の推定方法である。複数の断層面が破壊する地震の震源過程解析の既往研究では、2番目の断層の破壊時刻及び破壊開始点は、試行錯誤的に、もしくは別の情報による先験的な仮定により与えられてきた。本研究は、赤池ベイズ型情報量規準(ABIC)を用いた従来の震源インバージョン手法の枠組みを拡張し、ABICによる客観的な評価に基づいて、2番目の断層の破壊時刻及び破壊開始点を時空間のすべり分布と同時に推定する新しいインバージョン法を世界で初めて導入した。提案手法を適用することでその有効性を実証し、湯ノ岳断層と井戸沢断層の破壊時刻差は4.5秒、湯ノ岳断層の破壊開始点は北西側の深い位置であったことを明らかにした。2点目は、井戸沢断層の断層すべりモデルに起因する応力場の時間発展の数値計算を行い、井戸沢断層の破壊が湯ノ岳断層の破壊を動力学的に引き起こしたことを説明したことである。湯ノ岳断層面上でのtime-dependent DCFF(湯ノ岳断層のすべり方向に対するクーロン破壊関数の時間変化)を求め、井戸沢断層の破壊開始(発震)時の4.5秒後に、湯ノ岳断層の破壊開始点付近では正のDCFFのピーク(約0.8MPa)が得られ、断層面上で破壊しやすい条件にあったことを示した。平行でも共役でもない2つの断層が同時に破壊するという極めて稀な観測事例としての運動学的震源モデルが、応力場の時間変化を追うことによって動力学的にも適切であることを示した点は極めて重要である。以上のように、本論文は、新たな震源過程解析手法の提示ならびに共役ではない2つの断層が破壊する地震の破壊様式の解明という2点において地震学の発展に新しい貢献をしたものであり、2016年度日本地震学会論文賞とする。

受賞対象論文

1854年安政南海地震による愛媛県最南端(愛南町)での地震動・津波被害・地下水位変化 ―庄屋史料と藩史料の比較から分かる庄屋史料の有用性と地殻変動推定の可能性―

著者:弘瀬 冬樹、中西 一郎
掲載誌:地震第2輯,第68巻,4号,107-124,2015

受賞理由

 2011年東北地方太平洋沖地震以降、歴史地震研究の重要性が学会内外で再認識されてきている。一方で、くずし字で書かれた歴史史料(古文書など)をデータとする特殊性から、歴史地震研究はむしろ歴史学の研究だとの認識もある。また『新収日本地震史料』を始めとする史料集の刊行やこれらをまとめて年表にした成果の普及により、歴史地震についてはかなり調べ尽くされてきたという認識を持つ人もいるかもしれない。本論文は、そのような認識が誤解であり、史料の地道な収集、丹念な解読、及びそれにより認められた事象の数値解析による検討が、過去の大地震に伴う地殻変動や被害の実像をより正確に把握する上で重要であることを示す適例である。

 本論文では、現在の愛媛・高知県境付近の庄屋により記録された1854年安政南海地震に関する史料について、原本コピーの解読、現地調査、他史料との比較を行った。まず、既刊の地震史料集や関連する自治体史の一部に、同地震時の愛媛県愛南町での自然現象の描写や死者数に重大な誤りがあることを明らかにした。さらに、史料における地下水位の低下を「観測データ」として、対応する体積ひずみ変化を説明する断層モデルを構築した。史料に示された地下水位異常の空間分布から、歴史地震の断層モデルを拘束できる可能性を示した点は、地震研究者が歴史地震研究を行う意義を再確認したものであり、特筆に値する。また、文献史料だけでなく、現地調査による過去帳や墓石銘文といった「異種の史料の利用により、地震と被害の実態推定への拘束を強めることができる」と指摘し、これを実践している。

 本論文では、史料の写真、翻刻(解読)分のほか、読み下し文、現代語訳、英語訳まで示し、史料に馴染みのない読者でも、議論の出発点となるデータも含めて理解できるように工夫されている。

 受賞者が述べるように、「利用者の多い『新収日本地震史料』に採用された市町村史等の編纂に用いられた地震史料原本の探索と保存、再解読は地震研究者が行うべき急務である」ことは明らかである。全国各地で、さまざまな歴史地震史料を対象として、これまでに蓄積されてきた史料の再解析がなされれば、より正確あるいは詳細な地震像が得られる可能性がある。本論文は、学会誌「地震」のオリジナルな存在意義を示すという意味でも、また重要である。

 以上の理由より、本論文を2016年度日本地震学会論文賞とする。

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