第22回 日本の強震観測の歩み(Vol.13, No.6, 17-20, 2002/3)Publications

小林啓美(東京工業大学名誉教授)

はじめに(強震観測事業の経過 1)

 昭和30年1月31日科学技術庁資源調査会から内閣総理大臣あて「強震測定計画に関する勧告」を契機として強震観測活動は開始された。この勧告の連絡組織を具体化するために昭和31年12月より東京大学地震研究所に強震測定委員会が設置された。資源調査会は昭和33年11月に「強震測定計画に関する勧告」を科学技術庁長官に提出し観測の促進を要望した。昭和39年11月17日日本学術会議より「耐震工学研究の強化拡充について」勧告が内閣総理大臣に提出されなかで、工学的強震計の増設ならびに記録の活用が要望された。昭和40年東京大学地震研究所に強震計観測センターが設置され、国費による運営が認められた。昭和42年6月科学技術庁国立防災科学技術センターに強震観測事業推進連絡会議が設置された。その後国立防災科学技術センターは防災科学技術研究所となり、さらに平成13年からは独立法人として運営形態は変わっているが、連絡会議は何がしかの組織替えはあったが現在にいたっている。昭和53年8月1日資源調査会より「地震危険度推定に必要な強震観測に関する勧告」が科学技術庁長官に提出された。
 本稿ではこのような運営の基となる強震観測の流れのなかでの研究面での歩みを紹介したい。
 

1 1923年関東地震の強震観測

 関東地震の当時には強震計はなかったが、東京大学にあった2台の地震計(本郷,東京)によるいずれも振り切った記録があった。今村はこれから最大加速度を0.25-0.3gと推定しており、ずっと後に那須、森岡および渡辺、横田らはこの記録を修復復元して加速度記録を再生している。
 

2 末広の講義「Engineering Seismology」

 末広は1930-1931に招かれて米国でEngineering Seismologyと題する講義を行い、このなかで強震観測の必要性を説いている。California USAでは早速強震計USCGS-STANDARDを試作した。後のSMA-1の原型であるが、鏡をつけた捩れ振子で固有周期0.05 sである。記録は光学的な方法で写真Filmに感光させたものを用いている。1933年Long Beach地震(California)で早速強震記録を得て、最大加速度と当時の建築物の設計震度との間の問題で工学界にも大きな問題を投げかけた。
 

3 石本の加速度計(短周期地震計)

 石本の地震計の設計開発により、それまでの長周期地震計から短周期地震計(固有周期0.1 s)への道を開いている。バネを用いた振子型で強力な空気減衰器をもつ固有周期0.1 sの小型な地震計を作り、その後、工学でもよく用いられている。型は2種類あり、1つは倒立振子で振子のマスが減衰器のピストンとなっている。他は振子と直結したピストンが空気減衰器を構成したものである。後に強震計を作る時に前者がその原型となっている。また有名な石本の地盤卓越周期の研究もこの種の地震計の比較観測による結果である。
 

4 1948年福井地震の地震記録

 福井地震では墓石などから推定されている地表の最大加速度は0.6 gを越していたと考えられる。被害が激甚であった福井平野では気象庁の測候所は倒壊、地震計も基礎が傾き、機械も破壊され、強震動の記録は全くなかった。これに刺激されて強震計を設置する動きが特に工学関係で強く動き始めた。
 

5 強震計SMACの開発 2)

 福井地震後に強震観測の必要性に迫られるのと、Californiaの観測記録も若干紹介され、わが国でも強震計の試作が始められた。武藤、萩原、高橋、金井が中心となった委員会がつくられた。基本的には記録は機械式の地震計で石本の振子が採用され、記録媒体は蝋引きの紙に硬質のペンで引っ掻き蝋を剥がす形のものとなった。紙送りはぜんまい仕掛けの時計を駆動力とした。SMAC-A型である。記録の目標は1gとして記録送りは1 cm/sとした。また福井地震の例もあり地震計の耐震強度も十分強震で周囲の構造物が破壊しても耐えられることを目標にしている。
 後にB,B2,C,E,Q型など若干仕様はことなるが改良型が出現している。一方DC型は簡易型として設計され主として建築物の測定に使われた。1956年には第1回世界地震工学会議(Berkeley, CA)で展示として紹介された。最初は建築物の基礎および建て屋、土木構造物、が主たる設置場所で自由地表面の設置数は少なかった 2)
 

6 1962年広尾沖地震の釧路気象台の記録 2)

 本格的な地震記録が得られたのは1962年4月23日広尾沖地震の釧路気象台においてである。気象台庁舎一階の土間にあった工作機械の基礎を転用して強震計を設置したもので(気象台の地震計室ではない)、記録紙上で最大加速度390galあった。ところが気象台の庁舎はコンクリートブロック造2階建てであるが殆ど被害は無く、また釧路の台地、市街地にも大した建物被害は無く集合煙突の倒壊があった程度であった。先に述べたLong Beachの地震と似た問題が提起された訳で、先ず疑ったのは地震計の基礎と地震計の信頼性の問題である。そこで30 m程はなれた自由地表面に独立した基礎と小さな軽い小屋をつくり同じSMACを設置して観測を始めたが従来の方は建物の影響で短周期にFilterが作用しているだけで、特に問題のないことがわかり、本質的に地震動の性質として議論されることになった。金井他は研究グループを作ったが数年かけても議論が百出した 2)
 

7 1964年新潟地震の強震記録 2)

 新潟地震では明治以来あまり経験のない砂地盤の激しい液状化問題に目を奪われたが、信濃川沿いの住宅団地では液状化で転倒した棟の隣の棟でSMACおよびDC型の強震計が、建物は少し傾いたにも拘わらず良好な記録を残していた 2)。また秋田県庁舎でも建築物の基礎と上階で完全な記録に成功した。
 

8 1968年十勝沖地震の強震記録 2)

 更に4年後の十勝沖地震では数多くの記録が得られて強震観測網としての機能を発揮しだした。とくに各地の港湾で設置した地表面の強震計記録は後に地震発生の機構の研究に大いに利用されるようになり、構造物等の外乱のない地震動記録を求めるきっかけとなっている。それまでAnalog data scannerにたよっていた計算機への入力が、「半自動Data Scannerの開発」(高橋他)により地震記象のDigital化が可能となり、計算機入力としてDigital data が一般的となった。これにより、研究者間のData交換が容易になり国外へも地震記録が流布しやすくなった。またやや長周期の地震動の研究、深部地盤構造と地震基盤の議論の始まりもこれらの強震記録を基にして始められている。
 

9 1968年東松山の地震における東京・関東での強震記録 2)

 十勝沖の直後に、埼玉県東松山付近を震源とする地震M6.1が発生し関東地方一円で40を越す強震計が記録し、中でも地震計密度の高い東京中心部では各種の地盤で20を越す記録が得られた。後に地盤の構成と地震動の性質に関する研究の有効な資料となっている。
 

10 SMAC-M型強震計と1978年宮城県沖地震 2)

 1970年代となると計算機小型化電子媒体の進歩も相まって地震計の電化が進み電磁式の地震計が多く使われるようになり、強震計もその波に乗って堅牢な地震計からData処理の速いものへと変わり始め、価格も低廉化した。東京都が相当数の地震計を電磁式で設置したのについで強震観測事業推進会議でも強震計の改良を進め、SMACでもSMAC-M型を実用化するに至った。特性も周期0.05 sを基本としている。
 宮城県沖地震では東北大学の建物の上でSMAC-M型の強震計で1gに近い動きを記録した。地震計の短周期の特性が向上したことによって、記録の最大加速度は急に大きな値を示すようになった。
 

11 「地震危険度推定に必要な強震観測に関する勧告」 科学技術庁資源調査会(1978) 1)

 このような情勢のもとで科学技術庁資源調査会(会長内田俊一)は資源調査会保全防災部会地震防災小委員会(部会長山本荘毅、小委員会委員長久保慶三郎)による調査、審議をへて、科学技術庁長官あてに「地震危険度推定に必要な強震観測に関する勧告」を出している。その骨子は次の如くである。
1 各地域の各種地盤における強震時の地震動の特性を把握するため、地盤の強震観測網を整備拡充すること。
2 強震地動の特性を総合的に把握するために、地震動観測の精度の向上を図ること。(特に時計と群列配置)
3 強震観測記録の収集・処理機能の整備を図ること。
4 強震時の地盤地震動に関する総合的な研究開発活動等を計画的、総合的に推進するための調整推進システムの整備を図ること。
 これによりそれまでの構造物中心の観測体制から工学地震学への観測体制への変換を期待するようになった。また当時強震計は1000台を越していたが、その分布と将来の配置計画に全国が出来るだけ均等な配置にすることを目標とした配置を提案している。
 

12 「大規模地震対策特別措置法の施行」と「東海地震地震対策強化地域指定」における強震計記象の利用(1979)

 予知することが可能になった地震(当時は東海地震だけ)について、予知の三要素のうち地震規模とその発生場所の2つが決まれば発生日時はともかく地震対策強化地域の指定はできる。中央防災会議の地震対策強化地域指定専門委員会では移動点震源の多重効果を、過去の強震記録から求めた減衰効果と地盤の構成による増幅効果の違いから、震源域を分割してそれぞれの要素からの時間差を考えた和として求める方法を採用して、地震動を予測して地域指定を行った 3)。ここで過去の数少ない強震記録 2)が経験式を作る材料として使用された。これは後に大震法には馴染まないが類似の作業として中央防災会議の「南関東地域の直下の地震対策」4)にも適用されている。
 

13 気象庁87型強震計、90型震度計

 Digital記録方式の電磁式地震計は気象庁の新しい強震計に採用され、気象庁87型地震計、90型震度計として広く使われるようになり、地震記録がDigital data で流布されるようにようになった。地震工学の研究にも広く活用されている。
 

14 1993年釧路沖地震の釧路気象台の記録 2)

 1993年1月15日釧路沖地震で気象庁釧路気象台87型地震計が1g近い最大加速度を記録した。建設省建研の強震計で同じ気象台の別の基礎(前述した屋外のSMACの基礎)上のSMAC-M強震計もまたほぼ同様の記録を得ている。1962年広尾沖地震と同様釧路市内の被害は地盤の液状化を除くと極一部に限られており、気象台の周辺では特に大きな建築物被害は見当たらない。気象台の中も気象レーダーの取り付け部分だけで、1962年の現象の再発とも言える。気象庁の震度階は6であった。
 

15 1993年北海道南西沖地震の余震記録 2)

 北海道南西沖地震1993年7月12日の同年8月の余震で渡島半島側の乙部で1.6 gの最大加速度を記録した。地震計を設置した小学校の校舎には地震被害は無かった。
 

16 1995年兵庫県南部地震

神戸地区はもともと地震計の設置台数は少ないところであったが、1995年兵庫県南部地震では神戸海洋気象台、JR西日本、の強震計が貴重な記録を残している。また「関震協」の速度計型強震計が貴重な記録を得ている。
 

17 K-NET、KiK-netの全国展開 5)

 兵庫県南部地震以後国は強震計の設置に大きな投資を始めた。先ず出来たのが科学技術庁(現文部科学省)防災科学技術研究所のK-NETで全国1000台(当初)である。原則として地表に基礎をもつもので、25km間隔で全国を覆う配置を目指しており、昭和53年の資源調査会の勧告が下敷きの計画と聞いている。地震計はK-net95強震計でDataは有線で筑波の研究所に集められ比較的短時間でInternetにて配信される。設置には全国の自治体が土地の提供等で協力している。同研究所ではこれに続いて関東・東海の観測強化地域を除く全国にKiK-netを展開している。地表と地中に地震計を設置してK-NET同様に筑波の研究所でDataが管理されている。
 

18 気象庁の震度計の採用と気象庁・自治省の強震観測網の整備

 気象庁も現在全国で600を越す震度計を配置して観測体制を整備し、自治省は全国の3000を越す市町村に震度計を配している。これらは震度を機械的に観測して震度分布をいち早く公表することを第1の目的にしている。また自治体のなかには東京・横浜のように独自の観測システムを有しているものもある。
 実際の観測記録は地震動の性質を考えるときには不可欠で観測なしには今後解析も設計も考えられない。ただその強さの評価にはなお議論が多く残っており、最大加速度と気象庁震度階級と構造物の地震被害との3者の関係については未だ明確な結論は出ていない。しかし次の点は明らかになった。
〇電磁式の強震計の最大加速度はHigh cut filterをかけないとSMAC-AないしQの最大加速度とは比較できない。地震によってはその比は2倍になることもある。
〇震度(I)と最大加速度(A)はA=a・10I/2の関係にある事を河角が提案しているが、係数aは観測点の地盤状況等の環境によってきまる常数で観測点ごとに定められるものであって、硬質な地盤では軟地盤に比して大きな値をとる。河角の式は東大地震研の地震計室での観測結果について成り立つ1例であると解釈できる。
 

文献:

1 資源調査会、地震危険度推定に必要な強震観測に関する勧告、科学技術庁、昭和53年8月1日
2 強震観測委員会、Strong-Motion Earthquake Records in Japan、 vol.1, 1960.3 よりほぼ毎年刊行、
  強震観測事業推進連絡会議、Strong-Motion Earthquake Records in Japan,科学技術庁防災科学技術研究所、vol.40, 2001.1 まで
3 中央防災会議地震対策強化地域指定専門委員会報告、大規模地震対策特別措置法による東海地震に係わる地震対策強化地域指定、1979
4 中央防災会議地震対策強化地域指定専門委員会報告、南関東地域の直下の地震対策、1992
5 防災科学技術研究所、強震観測観測結果(Webページ)
  K-NET、 http://www.k-net.bosai.go.jp/
  KIK-net 、http://www.kik.bosai.go.jp/


ページ最上部へ