不均質構造内における短周期地震波の伝播と散乱に関する研究
受賞者は、不均質構造内における短周期地震波の伝播と散乱に関する研究分野を開拓し、地震学における短波長不均質構造についての新しい研究分野を創出・確立した。そもそも地球内部の物性構造は、平均場とそのまわりのゆらぎ構造の重ね合わせとして理解すべきであり、受賞者は後者の構造研究について独創的かつ極めて重要な貢献をされた。
その功績を具体的に述べると、まず、受賞者は自然地震の直達P波及びS波に引き続く短周期波群(コーダ波)の生成を固体地球内部のランダムな短波長不均質構造による散乱地震波の重ね合わせとしてモデル化し、そのエンベロープ形状からリソスフェアの短波長不均質構造の統計的特徴を推定する研究を推し進めた。さらに、震源近傍のパルス的な微小地震の波形が、伝播距離が増加するにともなってその最大振幅の到着走時が初動より遅れることにより、主要動の見かけの継続時間が増加することを発見した。この現象をランダムな不均質地震波速度構造による多重前方散乱の効果によって理論的に説明することで、その周波数及び波線径路依存性から地球内部の地震波速度ゆらぎの特徴を推定する新しい方法を構築した。この方法は世界的にも広く用いられており、受賞者の研究の国際性を示すものである。受賞者は、エネルギー論と波動論に基づくアプローチの融合、全地震波エンベロープ形状を説明できる統一的なモデルの構築へと精力的に研究を進展させている。
受賞者は、不均質構造中の地震波の研究に加えて、地盤傾斜の高精度連続観測を目的としたボアホール型傾斜計の機器開発にも携わり、開発された傾斜計は基礎研究に広く活用されているのみならず、スロースリップイベントなどのプレート沈み込みに伴う断層運動や火山活動に伴う地殻変動の検出・監視に不可欠な観測技術となっている。
受賞者は、その研究成果を英文書籍として集大成するとともに、最新成果を取り入れた書籍も英文として出版している。また、地震学の基礎から応用まで幅広く網羅した教科書も上梓された。これら一連の著作活動は、上述の通り受賞者の研究が如何に国際的であるかを如実に示すものである。さらに、この活動は地震学の教育にも多大なる貢献をしたとして高く評価したい。
受賞者は、上述の卓抜した研究業績によって、科学技術庁長官賞、日本地震学会論文賞、日本火山学会論文賞を受賞され、日本地球惑星科学連合フェロー、地震学会名誉会員に選出されている。さらに、2018年にはEuropean Geosciences Unionの地震学分野に多大な貢献があった研究者に贈られるBeno Gutenberg Medalを受賞された。これら一連の受賞は、受賞者の研究成果が国内外で非常に高く評価された結果と言えよう。
以上述べたように、受賞者は地震学ならびに日本地震学会の発展に多大なる貢献をされており、 2025年度日本地震学会賞を授賞する。