2025年度授賞論文Awards

授賞対象論文:Regional probabilistic tsunami hazard assessment associated with active faults along the eastern margin of the Sea of Japan

著者名:Iyan E. Mulia, Takeo Ishibe, Kenji Satake, Aditya Riadi Gusman, Satoko Murotani
掲載誌名等:Earth, Planets and Space (2020) 72:123
DOI:10.1186/s40623-020-01256-5

授賞理由

1983年日本海中部地震や1993年北海道南西沖地震など、日本海沿岸地域ではこれまで多くの津波災害が発生してきた。近年では2024年能登半島地震に伴う津波被害も発生しており、日本海沿岸の津波ハザードを的確に評価することの重要性はますます高まっている。確率論的津波ハザード評価(PTHA:Probabilistic Tsunami Hazard Assessment)は、津波による潜在的リスク評価をするために、さまざまな不確実性を考慮しながら津波ハザードを定量的に見積もる手法である。想定できるシナリオが限定される従来の決定論的アプローチに対し、PTHAはあらゆる可能性を網羅的に評価できる点で優れており、実際に世界中で広く導入されている。しかしながら、従来のPTHAは計算コストや断層情報の制約などにより特定の断層を対象とした比較的狭い領域に限定して実施されることが一般的であった。

本論文は、このような課題に対して真摯に取り組み、日本海東縁部という広域を対象とした包括的なPTHAを実現した。本論文は、地殻構造探査や地震観測などの地球物理学的調査および地質学的知見に基づいて構築された信頼性の高い60の活断層モデルをすべて利用し、さらにMonte Carlo法により多様な不均質すべり分布シナリオを生成することで断層モデルの不確実性を適切に取り込んだ。津波モデリングでは大量の確率論的シナリオに対応可能な計算手法を導入した。最終的に日本海沿岸154地点における津波ハザードカーブを構築し、長期的な津波リスクの定量的把握に成功した。注目すべき点は、北海道・東北・北陸地域における津波ハザードが近畿・山陰・九州地域よりも高く評価された理由について、活断層の密度や逆断層型の断層メカニズムという物理的背景に基づいて明確に説明している点である。また、日本海東縁部の津波の主因が海岸に近い断層であることから、津波到達までの猶予時間が短いという、地域防災において極めて重要な特性も的確に指摘されている。

本論文は2020年に出版されたものであるが、2024年能登半島地震において実際に津波が観測された事例と照らし合わせると、震源域周辺領域の津波リスクを地震発生以前から具体的に示していた先見性の高さが際立つ。本論文は能登半島地震に関連した複数の論文からも引用され、重要な先行研究として位置づけられている。能登半島地震が発生した今となっては、日本海沿岸広域における津波リスク評価は国民にとっても関心の高いものであると考えられ、それを視覚的に捉えることが出来る本論文の意義は大きい。本論文は、学術的意義にとどまらず、地域防災計画の策定や観測体制の整備といった実践的側面にも大きく貢献することが期待されるものであり、学術的・社会的意義の両面で卓越した成果といえる。

以上の理由により、本論文を2025年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。

授賞対象論文:High-resolution monitoring of hydraulically induced acoustic emission activities using neural phase picking and matched filter analysis

著者名:Makoto Naoi, Shiro Hirano, Youqing Chen
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science (2025) 12:24
DOI:10.1186/s40645-025-00696-5

授賞理由

防災科学技術研究所の高感度地震観測網に代表される国内の微小地震観測網によって取得された地震波形記録が20年以上にわたって蓄積されてきた。また、室内実験における微小破壊の計測では、計測機器の能力向上によって多チャンネル・高サンプリングでの連続収録が可能となっている。このような膨大な地震波形記録を用いることで、繰り返し地震の検出やイベントの探索などの解析が可能となり、大地震への準備過程の理解や地震活動の把握など大きな地震学的な成果が得られている。一方で、従来の人によるイベントの検出・読み取りや通常の相関解析では、膨大な量のデータを隅々まで活用することが困難であり、いまだ多くの情報が眠っている可能性が指摘される。

こうした大規模データを最大限に活用するため、本研究は深層学習技術と類似波形探索技術を組み合わせたイベントカタログ作成手法を提案している。著者らが使用した深層学習による走時検測および類似波形探索は既往研究でも用いられている技術だが、膨大な量に及ぶデータの処理のため、著者らは技術的改良を施している。通常は手動読み取り値を用いて訓練する深層学習走時検出器について、古典的自動処理で精度良く解析できた波形を抽出し、実録のノイズデータを合成して訓練に用いることで、手動ラベリング不要な自動処理ルーチンを構築し、実用上十分な性能が得られることを示した。また、検出された走時をイベント単位にグルーピングする処理は、従来は計算コストが高く処理のボトルネックとなっていたが、差分進化法を導入して高速化することで効率化した。

本研究では、室内水圧破砕実験の連続波形データに提案手法を適用してカタログを作成した結果、検出された微小破壊イベント数は従来の10倍に達し、従来は短時間に多発するイベントが適切に処理できず解像が困難だった水圧破砕の主破壊前後における微小破壊活動の詳細な時空間発展を明らかにした。また、火山地域などでしばしば観察される微動活動に類似した、ノイズレベルが上昇し連続的に弾性波動を放射し続ける現象が破砕後の特定時間帯に発生していることも明らかにした。この現象の有無は、使用する流体の粘性によって支配される傾向があり、流体と破壊が相互作用する例としての価値が高い発見と考えられる。

以上のように、本論文は、丁寧なデータ処理に基づく新たな解析ルーチンを提案し、流体圧入に起因する破壊現象の詳細なイメージングに成功したという点において、他の岩石実験データへの応用など、今後の発展性の高い知見をもたらした優れた研究成果である。

以上の理由から、本論文を2025年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。

授賞対象論文:A review of shallow slow earthquakes along the Nankai Trough

著者名:Shunsuke Takemura, Yohei Hamada, Hanaya Okuda, Yutaro Okada, Kurama Okubo, Takeshi Akuhara, Akemi Noda & Takashi Tonegawa
掲載誌名等:Earth, Planets and Space (2023) 75:164
DOI:10.1186/s40623-023-01920-6

授賞理由

2000年代前半にスロー地震が発見されて以降、世界中の沈み込み帯でスロー地震に関する研究が盛んに進められてきた。深さ30-40kmのプレート境界深部で発生するスロー地震については、陸域観測・調査により世界中で研究が進み、レビュー論文も数多く出版されている。一方で、深さ10kmより浅いプレート境界周辺、海域で発生する「浅部スロー地震」については、観測・震源過程解析の難しさから限られた観測事例の報告が主であり、研究途上にある。本論文は、臨時・定常的な地震・測地観測、高密度構造探査や深層ボーリング調査など、世界で最も浅部スロー地震研究が進む南海トラフで発生する浅部スロー地震について、地震学・測地学・地質学・岩石力学における重要研究をレビュー・統合し、分野間で矛盾のない浅部スロー地震発生メカニズムの提案をしたものである。

本論文では、(1)南海トラフでは日向灘・室戸岬沖・紀伊半島沖の3つの領域でスポット的に浅部スロー地震が発生すること、(2)それらはフィリピン海プレートの固着域と安定すべりの遷移領域に対応すること、(3)しかしプレート境界浅部の温度・圧力・鉱物条件下では、プレート境界は安定的にすべると考えられ、より地震的なすべりである浅部スロー地震を発生させるには特別な後押しが必要であると考えられることを多くの研究論文からまとめた。そして、構造探査やノイズ相関法によって浅部スロー地震域の構造的特徴やその時間変化が見えてきたことを踏まえ、(4)浅部スロー地震が発生する浅部プレート境界周辺は普段から間隙流体圧が高く、そこに間隙流体が流れ込むことで(5)過渡的な間隙流体圧変動が発生し、結果として断層すべり(浅部スロー地震)が発生するという統合的な発生過程の提案をした。

著者等のグループは本論文に関連してAGUやJpGUで招待講演を受けるなど、国内外で高い評価を得ている。また、観測浅部スロー地震、浅部スロー地震域の地震学的構造、地質学的構造と摩擦特性に関する和文解説論文をそれぞれ地震第2輯へ投稿するなど、分野間連携を加速させるよう取り組んでいる。それらの研究活動は、個々の分野のみでは到達し得なかった浅部スロー地震の発生メカニズムに関する「分野横断的な共通理解の樹立」を基礎にしており、本論文のスロー地震研究への貢献度の高さを示している。

以上の理由から、本論文を2025年度地震学会論文賞受賞論文とする。

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