公益社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会賞、論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
2025年5月31日に応募を締切ったところ、日本地震学会賞2名、論文賞9篇、若手学術奨励賞4名の推薦がありました。理事会において各賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2025年7月11日の2025年度第2回日本地震学会理事会において、下記のとおり日本地震学会賞1名、論文賞3篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。 なお、技術開発賞への推薦応募はなく選考は行いませんでした。
各賞の授賞式は2025年度秋季大会の場において行う予定です。
佐藤 春夫
不均質構造内における短周期地震波の伝播と散乱に関する研究
受賞者は、不均質構造内における短周期地震波の伝播と散乱に関する研究分野を開拓し、地震学における短波長不均質構造についての新しい研究分野を創出・確立した。そもそも地球内部の物性構造は、平均場とそのまわりのゆらぎ構造の重ね合わせとして理解すべきであり、受賞者は後者の構造研究について独創的かつ極めて重要な貢献をされた。
その功績を具体的に述べると、まず、受賞者は自然地震の直達P波及びS波に引き続く短周期波群(コーダ波)の生成を固体地球内部のランダムな短波長不均質構造による散乱地震波の重ね合わせとしてモデル化し、そのエンベロープ形状からリソスフェアの短波長不均質構造の統計的特徴を推定する研究を推し進めた。さらに、震源近傍のパルス的な微小地震の波形が、伝播距離が増加するにともなってその最大振幅の到着走時が初動より遅れることにより、主要動の見かけの継続時間が増加することを発見した。この現象をランダムな不均質地震波速度構造による多重前方散乱の効果によって理論的に説明することで、その周波数及び波線径路依存性から地球内部の地震波速度ゆらぎの特徴を推定する新しい方法を構築した。この方法は世界的にも広く用いられており、受賞者の研究の国際性を示すものである。受賞者は、エネルギー論と波動論に基づくアプローチの融合、全地震波エンベロープ形状を説明できる統一的なモデルの構築へと精力的に研究を進展させている。
受賞者は、不均質構造中の地震波の研究に加えて、地盤傾斜の高精度連続観測を目的としたボアホール型傾斜計の機器開発にも携わり、開発された傾斜計は基礎研究に広く活用されているのみならず、スロースリップイベントなどのプレート沈み込みに伴う断層運動や火山活動に伴う地殻変動の検出・監視に不可欠な観測技術となっている。
受賞者は、その研究成果を英文書籍として集大成するとともに、最新成果を取り入れた書籍も英文として出版している。また、地震学の基礎から応用まで幅広く網羅した教科書も上梓された。これら一連の著作活動は、上述の通り受賞者の研究が如何に国際的であるかを如実に示すものである。さらに、この活動は地震学の教育にも多大なる貢献をしたとして高く評価したい。
受賞者は、上述の卓抜した研究業績によって、科学技術庁長官賞、日本地震学会論文賞、日本火山学会論文賞を受賞され、日本地球惑星科学連合フェロー、地震学会名誉会員に選出されている。さらに、2018年にはEuropean Geosciences Unionの地震学分野に多大な貢献があった研究者に贈られるBeno Gutenberg Medalを受賞された。これら一連の受賞は、受賞者の研究成果が国内外で非常に高く評価された結果と言えよう。
以上述べたように、受賞者は地震学ならびに日本地震学会の発展に多大なる貢献をされており、 2025年度日本地震学会賞を授賞する。
著者名:Iyan E. Mulia, Takeo Ishibe, Kenji Satake, Aditya Riadi Gusman, Satoko Murotani
掲載誌名等:Earth, Planets and Space (2020) 72:123
DOI:10.1186/s40623-020-01256-5
1983年日本海中部地震や1993年北海道南西沖地震など、日本海沿岸地域ではこれまで多くの津波災害が発生してきた。近年では2024年能登半島地震に伴う津波被害も発生しており、日本海沿岸の津波ハザードを的確に評価することの重要性はますます高まっている。確率論的津波ハザード評価(PTHA:Probabilistic Tsunami Hazard Assessment)は、津波による潜在的リスク評価をするために、さまざまな不確実性を考慮しながら津波ハザードを定量的に見積もる手法である。想定できるシナリオが限定される従来の決定論的アプローチに対し、PTHAはあらゆる可能性を網羅的に評価できる点で優れており、実際に世界中で広く導入されている。しかしながら、従来のPTHAは計算コストや断層情報の制約などにより特定の断層を対象とした比較的狭い領域に限定して実施されることが一般的であった。
本論文は、このような課題に対して真摯に取り組み、日本海東縁部という広域を対象とした包括的なPTHAを実現した。本論文は、地殻構造探査や地震観測などの地球物理学的調査および地質学的知見に基づいて構築された信頼性の高い60の活断層モデルをすべて利用し、さらにMonte Carlo法により多様な不均質すべり分布シナリオを生成することで断層モデルの不確実性を適切に取り込んだ。津波モデリングでは大量の確率論的シナリオに対応可能な計算手法を導入した。最終的に日本海沿岸154地点における津波ハザードカーブを構築し、長期的な津波リスクの定量的把握に成功した。注目すべき点は、北海道・東北・北陸地域における津波ハザードが近畿・山陰・九州地域よりも高く評価された理由について、活断層の密度や逆断層型の断層メカニズムという物理的背景に基づいて明確に説明している点である。また、日本海東縁部の津波の主因が海岸に近い断層であることから、津波到達までの猶予時間が短いという、地域防災において極めて重要な特性も的確に指摘されている。
本論文は2020年に出版されたものであるが、2024年能登半島地震において実際に津波が観測された事例と照らし合わせると、震源域周辺領域の津波リスクを地震発生以前から具体的に示していた先見性の高さが際立つ。本論文は能登半島地震に関連した複数の論文からも引用され、重要な先行研究として位置づけられている。能登半島地震が発生した今となっては、日本海沿岸広域における津波リスク評価は国民にとっても関心の高いものであると考えられ、それを視覚的に捉えることが出来る本論文の意義は大きい。本論文は、学術的意義にとどまらず、地域防災計画の策定や観測体制の整備といった実践的側面にも大きく貢献することが期待されるものであり、学術的・社会的意義の両面で卓越した成果といえる。
以上の理由により、本論文を2025年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者名:Makoto Naoi, Shiro Hirano, Youqing Chen
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science (2025) 12:24
DOI:10.1186/s40645-025-00696-5
防災科学技術研究所の高感度地震観測網に代表される国内の微小地震観測網によって取得された地震波形記録が20年以上にわたって蓄積されてきた。また、室内実験における微小破壊の計測では、計測機器の能力向上によって多チャンネル・高サンプリングでの連続収録が可能となっている。このような膨大な地震波形記録を用いることで、繰り返し地震の検出やイベントの探索などの解析が可能となり、大地震への準備過程の理解や地震活動の把握など大きな地震学的な成果が得られている。一方で、従来の人によるイベントの検出・読み取りや通常の相関解析では、膨大な量のデータを隅々まで活用することが困難であり、いまだ多くの情報が眠っている可能性が指摘される。
こうした大規模データを最大限に活用するため、本研究は深層学習技術と類似波形探索技術を組み合わせたイベントカタログ作成手法を提案している。著者らが使用した深層学習による走時検測および類似波形探索は既往研究でも用いられている技術だが、膨大な量に及ぶデータの処理のため、著者らは技術的改良を施している。通常は手動読み取り値を用いて訓練する深層学習走時検出器について、古典的自動処理で精度良く解析できた波形を抽出し、実録のノイズデータを合成して訓練に用いることで、手動ラベリング不要な自動処理ルーチンを構築し、実用上十分な性能が得られることを示した。また、検出された走時をイベント単位にグルーピングする処理は、従来は計算コストが高く処理のボトルネックとなっていたが、差分進化法を導入して高速化することで効率化した。
本研究では、室内水圧破砕実験の連続波形データに提案手法を適用してカタログを作成した結果、検出された微小破壊イベント数は従来の10倍に達し、従来は短時間に多発するイベントが適切に処理できず解像が困難だった水圧破砕の主破壊前後における微小破壊活動の詳細な時空間発展を明らかにした。また、火山地域などでしばしば観察される微動活動に類似した、ノイズレベルが上昇し連続的に弾性波動を放射し続ける現象が破砕後の特定時間帯に発生していることも明らかにした。この現象の有無は、使用する流体の粘性によって支配される傾向があり、流体と破壊が相互作用する例としての価値が高い発見と考えられる。
以上のように、本論文は、丁寧なデータ処理に基づく新たな解析ルーチンを提案し、流体圧入に起因する破壊現象の詳細なイメージングに成功したという点において、他の岩石実験データへの応用など、今後の発展性の高い知見をもたらした優れた研究成果である。
以上の理由から、本論文を2025年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者名:Shunsuke Takemura, Yohei Hamada, Hanaya Okuda, Yutaro Okada, Kurama Okubo, Takeshi Akuhara, Akemi Noda & Takashi Tonegawa
掲載誌名等:Earth, Planets and Space (2023) 75:164
DOI:10.1186/s40623-023-01920-6
2000年代前半にスロー地震が発見されて以降、世界中の沈み込み帯でスロー地震に関する研究が盛んに進められてきた。深さ30-40kmのプレート境界深部で発生するスロー地震については、陸域観測・調査により世界中で研究が進み、レビュー論文も数多く出版されている。一方で、深さ10kmより浅いプレート境界周辺、海域で発生する「浅部スロー地震」については、観測・震源過程解析の難しさから限られた観測事例の報告が主であり、研究途上にある。本論文は、臨時・定常的な地震・測地観測、高密度構造探査や深層ボーリング調査など、世界で最も浅部スロー地震研究が進む南海トラフで発生する浅部スロー地震について、地震学・測地学・地質学・岩石力学における重要研究をレビュー・統合し、分野間で矛盾のない浅部スロー地震発生メカニズムの提案をしたものである。
本論文では、(1)南海トラフでは日向灘・室戸岬沖・紀伊半島沖の3つの領域でスポット的に浅部スロー地震が発生すること、(2)それらはフィリピン海プレートの固着域と安定すべりの遷移領域に対応すること、(3)しかしプレート境界浅部の温度・圧力・鉱物条件下では、プレート境界は安定的にすべると考えられ、より地震的なすべりである浅部スロー地震を発生させるには特別な後押しが必要であると考えられることを多くの研究論文からまとめた。そして、構造探査やノイズ相関法によって浅部スロー地震域の構造的特徴やその時間変化が見えてきたことを踏まえ、(4)浅部スロー地震が発生する浅部プレート境界周辺は普段から間隙流体圧が高く、そこに間隙流体が流れ込むことで(5)過渡的な間隙流体圧変動が発生し、結果として断層すべり(浅部スロー地震)が発生するという統合的な発生過程の提案をした。
著者等のグループは本論文に関連してAGUやJpGUで招待講演を受けるなど、国内外で高い評価を得ている。また、観測浅部スロー地震、浅部スロー地震域の地震学的構造、地質学的構造と摩擦特性に関する和文解説論文をそれぞれ地震第2輯へ投稿するなど、分野間連携を加速させるよう取り組んでいる。それらの研究活動は、個々の分野のみでは到達し得なかった浅部スロー地震の発生メカニズムに関する「分野横断的な共通理解の樹立」を基礎にしており、本論文のスロー地震研究への貢献度の高さを示している。
以上の理由から、本論文を2025年度地震学会論文賞受賞論文とする。
沈み込み帯における断層すべり現象の多様性の解明とその国際展開
受賞者は、世界中の沈み込み帯における陸海の地殻変動データを丹念に解析し、プレート境界断層のすべり様式の多様性と、地下の複雑な変形特性を明らかにしてきた。また、摩擦則等のモデルや多種の観測結果との比較検討を行い、単純なモデルで説明できない観測事例からすべり様式や変形特性に関する新たな解釈を提示した。さらに、ノイズレベルが高い等の理由で従来あまり使われていなかった種類のデータを、適用可能性を検証した上で解析に用い、新たな知見を得ることに成功する等、沈み込み帯における様々な変動の解明に顕著な業績を挙げてきた。
2003年十勝沖地震前後の解析では、海底圧力計の長期の記録を余効変動で説明できることを示し、17世紀の超巨大地震の海溝軸付近のセグメントに余効すべりが至っておらず当該領域の継続的な歪の蓄積を示唆した。また、北海道における地震間地殻変動を丹念に解析することで、道東の火山弧域における短縮歪の集中を発見し、塑性歪の発現を指摘した。加えて、新しい地下構造モデルを使うことで、均質構造モデルでみられたプレート境界の固着分布の不合理な特徴を解決し、十勝沖地震に先駆けて深部側から固着域が縮小していた可能性を指摘した。
さらに、高サンプリング(HR)GNSSを用いた研究にも精力的に取り組み、HR-GNSSのノイズを低減することで、スロースリップ(SSE)に伴う地表変位の検出と高い時間分解能でのすべりの時空間発展の推定に初めて成功した。北米カスケード地方の解析では、SSEの初期段階において、テクトニック微動に遅れてすべりのモーメント速度が加速することを実証した。また、HR-GNSSと地震活動の解釈から、プレート境界断層のクリープ領域が2014年イキケ地震の破壊を止め、最大余震の発生を促進したことを明らかにした。
これらの研究成果は、断層の不均質な力学特性が震源過程に与える影響を示す等、沈み込み帯における地震発生メカニズムの解明に大きく貢献するものであり、学術的意義は高い。また、こうした研究活動の多くは、海外の研究者との共同研究等を通じて進められてきており、国際的な研究の展開を推進している点も評価に値する。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
震源物理および逆解析における数理的基礎研究
受賞者は、震源物理学の基礎を支える弾性論、摩擦論、逆解析という三つの重要分野において、卓越した数理物理的洞察と高度な数値解析能力を駆使することで、数多くの難問に対して独創的な解決策を提示し成果をあげてきた。
まず、地震波動の数値計算において中核的手法である境界積分方程式法(BIEM)に関する研究は、代表的な成果の1つである。受賞者は、当該手法の演算コストの高さという計算科学上の課題に対し、アルゴリズムを定式化し、従来要素数Nの2~3乗に比例していた計算量を、おおよそ1乗まで低減できることを実証した。この成果により、複雑な断層幾何を含む動的破壊問題へのBIEMの適用範囲を大きく広げることに成功している。また、屈曲断層の作る弾性場の数値解が解析解に収束しないとの理論的パラドクスも解決している。複雑な境界積分方程式を導出し直して収束を明快に示すことで、パラドクスの誤りを発見し、数値解の信頼性を証明した。これは、断層運動の力源とは破壊先端の滑り勾配(転位)であるという断層力学の常識を覆し、屈曲断層では滑るだけで応力が蓄積されることを表す曲率項の発見に至っている。
速度状態依存摩擦は、摩擦構成則に基づいて固着から破断までの断層運動を記述する震源物理の標準則であるが、根拠とする実験事実を十分に再現できないという課題が長年残されていた。受賞者は、摩擦の正典的挙動を整理し、これらを同時に満たすことが原理的に不可能であることを示したうえで、観察範囲内でのみ正典的挙動を再現する新たな摩擦則を提案し、この難題に解を与えた。
さらに、ベイズ推定によるデータの逆解析においては、従来広く採用されてきたMAP法が高次元モデルでは適切な結果を導かないことを理論・数値実験の両面から明らかにした。その上で、近似手法とみなされてきたABICによる推定が、むしろ実用上適切な解を導くことを示し、地震学におけるベイズ的アプローチの基盤強化に大きく寄与している。
これらの成果はいずれも、地震発生の数値シミュレーション、摩擦則の理解、ベイズ推定を用いたデータ解析といった現代の地震学において基礎と応用を橋渡しする重要なものであり、今後の地震学の発展に広く貢献することが期待される。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
地震波・津波の波形記録解析および数値計算に基づく海域火山現象の解明
受賞者は、津波や地震波のデータ解析と数値計算に基づき、海底火山で発生する特異な地震・津波現象の発生機構解明、および海底火山の活動度把握に向けて研究を進め、先進的な成果を挙げてきた。
伊豆島弧の海底火山・スミスカルデラでは、約十年間隔で中規模地震が繰り返し、地震規模に比べて大きな津波を引き起こしてきたが、その発生機構については議論が続いていた。受賞者は、2015年M5.7地震の津波と地震波の波形記録を複合的に解析し、カルデラ直下のマグマの過剰圧を駆動力として、カルデラ内の環状断層が高速ですべる「トラップドア断層破壊」が起こり、海底が大きく隆起して津波が発生したというモデルを提唱した。また、本解析を通じて、火山性津波に特徴的な短波長津波に適した数値計算方法と、環状断層すべりの地震波励起特性に基づく震源構造の推定手法の開発にも成功した。
さらに、同様の現象がニュージーランドのカーティス島や小笠原島弧の北硫黄島周辺の二つの海底カルデラでも発生して津波を引き起こしたことを示し、トラップドア断層破壊を新たな火山性津波の発生機構として位置付けた。
加えて、これらの研究を拡張し、海底火山活動の現状把握にも大きく貢献した。トラップドア断層破壊の地震・津波規模と、カルデラ直下に溜まったマグマの過剰圧を関係づけ、北硫黄島近傍の海底カルデラ下に蓄積するマグマの圧力状態を初めて定量化した。さらに、高密度での津波観測から約1mmの微小振幅津波シグナルを検出する手法を考案し、見逃されていた海底火山の変動現象の解析を可能にした。
これらの研究成果は、火山性津波の発生機構に新たな視点を与えたほか、地震学のみならず海洋物理学や火山学へ大きな波及効果をもたらしている点も特徴である。海外研究者との共同研究を通した成果も多く、今後、国際的連携を通して当該研究分野を牽引する研究者としての期待も大きい。また、メディア対応も精力的に行い、防災・減災に密接に携わる地震学者としての社会貢献も特筆される。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。