2014年度日本地震学会論文賞及び日本地震学会若手学術奨励賞受賞者の決定についてNews

公益社団法人日本地震学会理事会

 日本地震学会論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
 2015年1月30日に応募を締切ったところ、論文賞8篇、若手学術奨励賞5名の推薦がありました。理事会において両賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2015年3月9日の第8回日本地震学会理事会において、下記のとおり論文賞3篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。なお、授賞式は、日本地球惑星科学連合2015年大会時に開催予定の定時社員総会に合わせて行います。

論文賞

1.受賞対象論文

Migration process of very low-frequency events based on a chain-reaction model and its application to the detection of preseismic slip for megathrust earthquakes

著者:Ariyoshi Keisuke, Toru Matsuzawa, Jean-Paul Ampuero, Ryoko Nakata, Takane Hori, Yoshiyuki Kaneda, Ryota Hino, and Akira Hasegawa
掲載誌:Earth, Planets and Space, 64, 693-702 (2012)

受賞理由

 本論文は、沈み込みプレート境界の深部で発生する超低周波地震(VLF)の活動を数値シミュレーションで再現し、その意義について論じたものである。

 VLFは沈み込みプレート境界で発生する「スロー地震」の一種で、深部低周波微動と同期して発生していることが知られているが、発生メカニズムやプレート境界過程における意義など未解明の問題も多い。本研究では、速度—状態依存摩擦構成則を用いた数値シミュレーションにより、プレート境界深部に多数の小アスペリティが存在する場合にVLFが発生することを示し、VLFがこうした小アスペリティの連鎖活動である可能性を提示した。これは、プレート境界深部のスロー地震の発生過程解明に向けた重要な研究成果である。また、本論文では、海溝型巨大地震の発生サイクルの中におけるVLF活動の移動速度、発生周期、モーメント解放率等に注目し、VLF活動の発生様式が海溝型巨大地震の発生前に変化し、移動速度は速く、発生周期は短く、モーメント解放率が大きくなることを見出した。この知見は、プレート境界の巨大地震の発生時期について、観測に基づいて推定精度を向上できる可能性を示したと言える。

 近年、計算機能力の向上に伴って、地震発生のシミュレーション研究が盛んに行われているが、地震現象や地球内部の構造の複雑さに対して、利用可能な計算資源や観測情報が限られるため、多くの単純化や仮定を導入せざるを得ず、地震活動の監視に役立つ知見を提供する機会は非常に少ない。本研究では、研究対象をVLFに限定することによって実際の現象に即したスケールでのシミュレーションを可能とし、巨大地震発生サイクル中での発生様式の変化という観測可能な指標を提示することに成功した。こうしたアプローチは地震学におけるシミュレーション研究の今後の方向性の一つを示したものとして高く評価できる。

 一方、本研究における小アスペリティの連鎖反応というVLF活動の解釈は、あくまで可能性の一つに過ぎず、他のメカニズムを否定するものではない。巨大地震サイクル中における発生様式の時間的変化についても今後の実際の観測を通して検証されるべき内容である。また、いわゆるスロー地震には長周期および短周期のスロースリップ、深部低周波微動、浅部の超低周波地震等様々な現象があり、時空間スケールの異なるこれらの現象に対する物理的解釈を確立することも今後の課題として残っており、今後の研究の進展が大いに期待される。

 以上の理由より、本論文は平成26年度日本地震学会論文賞とする。

2.受賞対象論文

2011年東北地方太平洋沖地震の発生後に活発化した霞ヶ浦南端直下の正断層型地震活動

著者:今西和俊、武田直人、桑原保人
掲載誌:地震第2輯,第66巻,3号, 47-66,2013

受賞理由

 本論文は、2011年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)後に霞ケ浦南端付近で活発化した地震活動が、東北沖地震前から地殻内に局在していた正断層応力場に起因することを明らかにしたものであり、巨大地震による誘発地震の発生メカニズムを理解する上で重要な結果である。
 東北沖地震発生後、東日本を中心とした広い範囲において、正断層や横ずれ断層タイプの地震が活発化したことが、これまで多くの研究で指摘されている。この誘発原因については、巨大地震による広域応力場の変化、間隙水圧の増加に伴う断層強度の低下、局所的な応力場の不均質などが提唱されているものの、未だ明らかではない。

 本論文は研究対象地域の一連の地震活動の震源分布、震源メカニズム解、震源メカニズム解データを用いた応力逆解析により、地震は沈み込み帯付近の地殻内に形成された正断層応力場の下で発生したことをつきとめた。また、震源スペクトルからコーナー周波数を読み取って応力降下量を推定し、この値が通常発生している地殻内地震のそれと変わらないことを示した。さらに、この正断層型の地震が東北沖地震と最大余震の影響による応力変化や間隙水圧の上昇では説明できないことを示した。一方、これらの結果に基づいて局所的な正断層応力が地殻内に存在していたこと、また東北沖地震と最大余震の静的応力変化が正断層運動を促進させる方向に作用したことを示すことにより、この地震活動が誘発されたことを示した。

 本論文は震源メカニズム推定や震源スペクトル推定において、不確実性を減らすために丁寧な解析を行っている点が高く評価できる。震源メカニズム推定には、P波の初動極性に加え振幅値を取り入れており、またコーナー周波数の推定に際しては、近傍で起きた小地震記録を経験的グリーン関数として、観測スペクトル比をとることで地震波の伝搬経路の影響を取り除いた評価をしている。加えて、対象地震活動域直上で臨時観測を実施し、地震の発生深さを確認している。これらの丁寧な解析は、それぞれが目新しいものではないが、論文の主旨を明確にするためには必要不可欠であり、データ解析論文として高く評価することができる。

 プレート沈み込み帯に作り出される広域応力場とは異なる局所的応力場が島弧地殻内に存在するという、沈み込み過程と島弧応力場・内陸地震の発生機構との関係を考える上でも重要な結果を示したことは意義がある。

 以上の理由より、本論文は平成26年度日本地震学会論文賞とする。

3.受賞対象論文

Dynamic tsunami generation due to sea-bottom deformation: Analytical representation based on linear potential theory

著者:Tatsuhiko Saito
掲載誌:Earth Planets and Space, 65, 1411-1423 (2013)

受賞理由

 本論文では、水平な海底面を仮定し、津波の発生から伝搬における様々な解を導出することに成功している。具体的には、海水を非圧縮と仮定し、流れの速度ベクトルのポテンシャルφを導入して、ラプラスの方程式を、海面と海底面での境界条件のもとで解析的に解いている。その結果、震源時間関数がデルタ関数、及び任意の関数の場合の時間領域におけるφを求めることに成功し、さらに海底面での圧力、海水中の流れの速度、海面での波高の時空間分布を数式の形で明示的に示している。従来の津波に関する研究が、主として津波の伝搬や静的な断層すべりの分布を研究対象としていたことを考えると、本論文は特に津波の発生過程の基礎的研究を格段に進歩させたと言える。

 従来の津波の伝搬のみを扱う場合の流れの速度、海面での波高の時空間分布の数式とも比較することで、今回新たに導出した津波発生の項の持つ意味についても考察し、この項には海底面での地殻変動を海面での波高に焼き直す深さフィルターが含まれていること、大きな震源域の場合、海水中で鉛直方向の流れがより起こり易くなることなどを示した。

 また、2次元モデルを用いて、津波の発生から伝搬に至る海面での波高と海水中の流れの速度に関する時空間分布の計算例を示し、視覚化により読者の理解を助ける工夫をしているとともに、小さな震源域の場合、津波に分散が生じることを示している。

 また、今回新たに導出した海底面での圧力の動的な震源項について定量的な議論を行い、海底面が深く、震源過程の継続時間が短くなるにつれて、海底面での全圧力に占めるこの項の割合が非常に大きくなり、動的な震源過程の効果が無視できないことを示した。このことは、特に海溝型巨大地震のすべり領域の直上にある海底圧力計の波形を使用することで、その地震の動的な震源過程を明らかにすることが可能であり、さらにそれをより迅速かつ正確に推定することで、より正確な津波の早期警報の実現の可能性が高まることを意味する。

 論文全体にわたって、丁寧な記述がなされ、数式の各項の持つ物理的な意味についてもわかり易く書かれている。

 今後、観測に見られる音波を扱うことのできる海水の圧縮性を考慮した場合の数学的表現や、より一般的な傾斜した海底面と震源時間関数や震源域との関係に関する解析など、さらなる研究の発展も見込まれる。

 以上の理由より、本論文は平成26年度日本地震学会論文賞とする。

若手学術奨励賞

1.受賞者:北 佐枝子

受賞対象研究

スラブ内および衝突帯の地震発生機構の研究

受賞理由

 受賞者は、スラブ内地震及び衝突帯の地震に関する種々のデータ解析を行い、その発生機構の解明に取り組んできた。その主な業績は以下の通りである。

 受賞者は、北海道及び東北地方で発生する地震の震源再決定を行い、それに基づく沈み込むスラブの形状やスラブ内地震の分布から、二重深発地震面の上面の深さ70-100kmに地震活動の集中する地震帯(上面地震帯)が存在することを明らかにした。また、求められた上面地震帯の下限及び二重深発地震面上面の下限は脱水反応を伴う含水鉱物の相境界と調和的であること、そこで正断層型の地震が発生していることを示した。これらの成果は二重深発地震面上面の地震の成因解明に大きな進展をもたらした。

 次に受賞者は、東日本のスラブ内地震の発震機構解と応力テンソルインバージョン解析からスラブ内の応力場の変化と応力中立面を推定し、東北地方と北海道東部では応力中立面の位置が異なることを明らかにした。また、スラブ内で発生した大地震の破壊域の広がりが応力中立面を超えていないことを示した。この結果はスラブ内地震の発生機構、破壊伝播過程の理解に重要である。

 受賞者はスラブ内地震の応力降下量も推定し、海洋性地殻内で発生する地震の応力降下量が海洋性マントルで発生する地震の応力降下量より小さいことを示し、その原因として岩石の剛性率と破壊機構の違いを挙げた。また、海洋性地殻内で発生する地震の応力降下量の深さによる変化は、地震波速度と含水量の変化で説明できることを指摘した。これらの成果はスラブ内地震の強震動予測にも有益である。

 受賞者はさらに、北海道南西部のP波及びS波の3次元速度構造と北海道の減衰構造を詳細に推定し、その結果に基づいて以下を示した。(1)日高山脈の西側には深部まで地殻物質が存在し、太平洋スラブと接している。(2)この地殻物質による温度構造への影響によって、この地域の上面地震帯が他の地域と比べて深くなっていると考えられる。(3)日高主衝上断層の延長に橄欖岩の地震波速度をもつ高速度異常が地表近くまで達している。(4)1982年浦河沖地震(M7.1)、1970年の日高直下の地震(M6.7)のように、地殻内で発生する通常の地震より深く、海溝に平行な方向にP軸をもつ逆断層型大地震は、上述の沈み込んだ地殻物質とマントル物質の境界近くで発生している。これらの結果は、北海道における前弧スリバー運動を含むダイナミックな変動過程とスラブ内および衝突帯の地震の発生機構の解明に対する重要な貢献である。

 以上の理由から、受賞者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

2.受賞者:辻 健

受賞対象研究

海域における地震波構造調査データの解析に基づくプレート境界断層の全体像の解明

受賞理由

 受賞者は、海域における地震探査で取得されたデータの解析を精力的に行い、プレート境界断層や分岐断層の解明に取り組んできた。その主な業績は以下の通りである。

 南海トラフ付加体内部は複雑な地質構造のため、物性解釈に結び付けられる明瞭な構造が得られておらず、特にトラフ軸へ続くデコルマと巨大分岐断層の関係は必ずしも明瞭でなかった。受賞者らは高解像度な構造推定手法である波形トモグラフィーを用いて、分岐断層を含む付加体内部の弾性波速度分布を詳細に推定した。さらに、有効応力の増加に伴うクラックの閉口に基づいた岩石物理モデルを構築し、付加体内部の間隙水圧分布や応力状態を詳細に推定することに成功した。その結果、間隙水圧の高い領域が深部分岐断層からトラフ軸周辺まで連続していることが明らかとなり、トラフ軸周辺までコサイスミックな破壊が伝播する可能性を示すとともに、分岐断層がデタッチメント断層として活動しているという新たな断層像を示した。また、海底地震計や坑井内地震探査記録の異方性解析から、分岐断層周辺でのクラックの発達や、付加体や海盆での主応力方向、それらと分岐断層との関係を明らかにすることに成功した。さらに、南海トラフ広域の地震探査データを用いて、分岐断層は横ずれ成分が卓越することを明らかにし、これまでの分岐断層像に一石を投じた。

 日本海溝においては、地震探査の結果をもとに潜水艇を用いた調査を実施し、2011年東北地方太平洋沖地震前後の熱流量や海底地形の変化から、地震の際に上盤プレートの引張過程により生じた正断層群を特定した。このような正断層の存在は、津波を伴う地震が発生する他のプレート沈み込み帯でも観察されており、巨大津波の発生の重要な指標である可能性を示した。

 以上のように、受賞者はデータ解析を駆使してプレート境界断層の形態や付加体の内部構造と応力状態の解明に貢献し、付加体形成やプレート境界地震発生の研究に重要な知見を与えた。

 受賞者の研究テーマは、他にも地震波干渉法や表面波解析、干渉SAR解析、流体挙動モデリング等と多岐にわたる。現在はCO2地中貯留の研究グループに所属し、地殻流体の挙動と地殻活動(地殻変動や誘発地震の発生)との関係の解明とそのモニタリングに取り組んでいる。

 以上の理由から、受賞者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

3.受賞者:対馬 弘晃

受賞対象研究

沖合津波観測による津波波源逆解析とそれを活用した津波即時予測手法に関する研究

受賞理由

 受賞者は、沖合津波観測網の津波波形データから近地地震による津波の即時予測を可能にする手法を考案し、その性能実証と機能向上に関する研究を精力的に進めてきた。その主たる業績は以下の通りである。

 海底で発生した地震に伴って発生した津波をいち早く捉え、津波が沿岸に到達する前にその到達時刻や高さなどを予測することを目的として、世界各国で沖合津波観測網が整備されつつある。しかし、日本周辺では、津波波源から沿岸までの距離が短く、沖合津波観測網が整備されたとしても地震直後の短時間で得られる観測データから迅速に海岸での津波予測を行うことは簡単ではない。受賞者は、津波波源域とその近傍で得られる津波波形データから波源モデルを推定し、その波源から津波波形を合成することにより近地地震による津波の即時予測を可能にする手法(tFISH:tsunami Forecasting based on Inversion for Initial sea-Surface Height)を考案し、さらなる機能向上に向けて研究を続けている。また、この手法を気象庁の津波警報システムとして社会実装するための取り組みを進めていることに加え、受賞者の研究が沖合津波観測網の整備に対する理論的根拠の1つにもなるなど、受賞者の津波災害の軽減に向けての取り組みは特筆すべきものがある。

 tFISHは、震源断層を仮定したすべり分布ではなく、地震直後に海面に生じた水位変化の空間分布を津波波源として推定する点に特徴があり、地震の発震機構に関する先験的な情報を与えることなく、沿岸での津波の予測波形を高精度に得ることができる。近地超巨大地震の津波即時予測の難しさを教訓として残した2011年東北地方太平洋沖地震についても、受賞者は沖合津波観測波形を用いて事後検証を行い、tFISHが有効に機能することを示した。また、津波は伝播速度が遅く、津波観測データのみを用いた場合には、地震発生直後に十分な精度で予測を行うことが難しい。受賞者は、津波以外のリアルタイム観測データの解析を融合することで予測性能の向上を試みており、陸上GNSS測地観測のデータと融合させた解析では、地震発生直後の予測性能の向上とtFISHがもつ予測の逐次改良という利点を両立させている。

 以上の理由から、受賞者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

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