2008年度日本地震学会論文賞及び日本地震学会 若手学術奨励賞受賞者の決定についてNews

社団法人日本地震学会理事会

 日本地震学会論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。

 2009年1月31日に締切ったところ、論文賞8篇、若手学術奨励賞3名の推薦がありました。理事会において両賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2009年3月日の第7回理事会において、下記のとおり論文賞3篇、若手学術奨励賞2名を決定しました。なお、授賞式は、日本地球惑星科学連合2009年大会時に開催予定の通常総会(5月17日(日))に合わせて行います。

論文賞

1.受賞対象論文

Upper mantle imaging beneath the Japan Islands by Hi-net tiltmeter recordings
Takashi Tonegawa, Kazuro Hirahara, Takuo Shibutani, and Katsuhiko Shiomi
Earth Planets Space, 58, 1008-1012, 2006

受賞理由

 本論文は、防災科学技術研究所が日本全土に設置したHi-net傾斜計観測網のデータを用いて、日本直下の上部マントルの不連続面構造を精密に決定したものである。上部マントル不連続面由来のPs変換波が短周期成分に乏しいという認識に基づき、著者らはHi-netの短周期地震計よりも長周期の地震計高密度観測網の使用を意図した。そしてHi-net傾斜計記録が加速度計記録として解析できる事を利用して、傾斜計データに基づくレシーバー関数法を開発し、精密な上部マントル不連続面構造の推定を行った。

 著者らは、まず傾斜計データが正しく加速度計データとして使える周波数帯を確定した後、レシーバー関数法に必要な上下動を用いたP波の震源時間関数の決定法を詳細に吟味した。以上のような綿密な手順と慎重な考察に基づき、著者らは傾斜計ネットワークを用いたレシーバー関数法の解析技術を確立した。

 著者らが提出した詳細な不連続面分布は、410kmや660kmの不連続面の存在とそれらの詳細な凹凸だけでなく、沈みこむスラブの境界も明瞭に明らかにした。特にスラブ下面をシャープな境界として検出したことは、リソスフェアーアセノスフェア境界の性質を理解する上で重要である。このように本論文は、日本直下の上部マントルの詳細な構造を克明に示し、この地域の物質組成とダイナミクスを理解するための重要な手がかりを与えた。

 地震学の基本が新たな視点に基づくデータ解析方法の開発にあることを改めて認識させるとともに、近年の観測技術の発達に支えられた日本の観測網の威力を最大限に生かした好論文である。上記の理由から本論文を平成20年度の地震学会論文賞に推薦する。

2.受賞対象論文

歪計により観測された東海地域の短期的スロースリップ(1984~2005年)
小林 昭夫・山本 剛靖・中村 浩二・木村 一洋
地震第2輯, 第59巻第1号, 19-27, 2006

受賞理由

 本論文は、気象庁の歪計に記録された短期的スロースリップイベントについて、体積歪計が設置された1980年代までさかのぼって丹念に調べ、過去にも同様のイベントが起きていたことを明らかにしたものである。

 スロースリップは、沈み込み帯における物理過程を考える上で非常に注目されている現象である。また、推薦論文が研究対象としている東海地域では、沈み込み帯で巨大地震が近い将来発生することが危惧されており、スロースリップイベントの発生機構の理解は、巨大地震の発生過程の監視・調査において有益な情報を与えるものと期待されている。

 短期的スロースリップイベント発生の発見をもたらした地震の基盤観測網の一応の完成は、2000年頃であり、その観測期間はまだ10年にも満たない。プレート境界の状態の詳細な理解には、過去にさかのぼってスロースリップイベントの発生状況を知ることが課題であった。

 著者らは、前兆滑りなどtransientな地殻変動を観測するのには歪計は適さないという従来の常識を覆し、変動のソースを特定できる利点を生かして丹念に記録を解析することで、歪計がtransientな地殻変動解析にも利用できることを示した。

 著者らの解析の結果、1984年から現在までの間に、愛知県東部では短期的スロースリップが繰り返し発生しており、特に1987年から1989年にかけてと2003年から2004年前半にかけて発生頻度が増加していることが明らかとなった。両期間とも長期的スロースリップが発生しているという興味深い事実も判明し、今後、低周波微動、長期的及び短期的スロースリップの関係を議論する上で、重要な情報となると考えられる。

 以上のように、著者らは、それまでの歪計データの信頼性に対する常識を覆し、新たな解析手法を確立して、25年間という従来の研究期間の3倍の期間にわたるスローイベントの系統的な発生状況を明らかした。これは、世界に誇るべき成果である。

 また、この成果は、変動源を特定しておけば、前兆滑りが発生した場合、その検出に歪計が有効である可能性を示しており、その意味でも重要な研究といえる。

 以上のような理由で、本論文は日本地震学会論文賞にふさわしいものであり、推薦する。

3.受賞対象論文

四国の中央構造線断層帯の最新活動に伴う横ずれ変位量分布
堤 浩之・後藤 秀昭
地震第2輯, 第59巻第2号, 117-132, 2006

受賞理由

 著者らは、大縮尺空中写真の系統的な判読と綿密や現地調査を行い、四国の中央構造線活断層帯の最新活動に伴う横ずれ変位量を明らかにした。著者らが対象とした長大活断層系は、糸魚川-静岡構造線や中央構造線などが主要な代表例であるが、長さが200km以上にもおよび、ひとたび活動すると巨大な内陸地殻内地震となる可能性を秘めている。しかしながら、近代的観測網が整備されて以降、そのような大規模地震が発生していないため、その実像はわかっていない。本論文は、16世紀に発生した大地震の中央構造線断層帯沿いの変位量復元を通じて、これらの問題に意欲的に取り組んだものであり、大規模断層系が発生させる地震規模・頻度予測への重要な示唆を与える結果を導いており、この分野における、地形地質分野からの貴重な貢献と評価できる。

 著者らは断層沿い約30地点で横ずれ変位を記録している微少変位地形や人工指標を認定し、その記載と現地測量を丹念に行った。人工指標として、遺構起源の道路や畦の横ずれを新たに多数発見し、四国西部で2~3m、東部で約7mの最大右横ずれ変位を復元した。最新活動時の整数倍を示す累積変位量を示す地点があることも明らかにし、変位量が地震ごとにほぼ一定であるという「固有地震モデル」を示唆する証拠として提出している。

 また、著者らは、地震時の横ずれ変位量と長期的な変位速度の分布に正の相関があることを示し、断層帯に沿う横ずれ変位速度の差は、個々の断層(区間)の活動頻度の差ではなく、個々の地震時の変位量の大小に起因するものであると結論付けている。これは、アスペリティ位置の予測等、シナリオ地震構築に貢献するきわめて重要な成果である。さらに、著者らは、今回得られた地震時変位量をもとに、中央構造線断層帯の個々の断層から発生する地震規模も試算した。これは、今後さまざまな観点からさらに掘り下げた検討が重ねられるべきテーマであるが、活動履歴の復元結果に基づいた推論により、従来の議論を一段と深化させる契機をつくったことは評価される。

 このように、著者らは、1990年頃より四国の中央構造線断層帯を対象とする調査を継続し、精度の良い古地震・活断層データを着実に積み上げ、以上の様な重要な結論を導いた。息の長い地道な調査研究の重要性を改めて感じさせる優れた論文であり、日本地震学会論文賞にふさわしい。

若手学術奨励賞

1.受賞者:八木 勇治

受賞対象研究

震源過程と非地震性すべり:震源インバージョン手法の構築、マルチデータ解析、相補的関係の解明

受賞理由

 候補者は、地震学データ・測地学データを用いて、地震の震源過程のインバージョンを数々の地震について行っており、信頼性の高い震源モデルを地震直後に世界に発信する仕事に留まらず、手法の開発・結果の解釈などにおいても地震学上重要な研究を行っている。また震源過程解析結果を含む、地震学の研究成果を社会に広く広報する活動において長年にわたって大きな貢献をしている。

 候補者の貢献について特筆すべき点は以下である。

1)数多くの地震の信頼性の高い震源過程のインバージョン解析を行っていること。かつ、それらの多くが、解析手法においても、結果の解釈においても単なるルーチン的な解析に留まっておらず、地震学上重要な結果をもたらしている。

 例えば、日向灘地域で地震の発生した1996年のGPSデータの誤差成分を軽減した上で、GPS時系列データを用いて震源インバージョンを行い、非常にゆっくりとした滑り分布を定量的に求めた。この結果、地震性滑りの領域とゆっくりとした滑りを起こす領域が相補的であることなどを見いだした。また、同地域で発生した1968年の日向灘地震について、非定常なゆっくりとした滑りが、この地震のアスペリティを縁取るように発生していることを見いだした。

2)最近の共分散成分を取り入れた候補者の研究は、信頼性の高い震源過程を得るためのツールとして高く評価される。

 これまで、震源インバージョンの際に、誤差は互いに独立でありガウス型ノイズとして扱われてきた。従って共分散行列の非対角項をゼロとして扱われることが多かった。しかし最近の高精度・高密度・高サンプリングデータを用いる際には、データの誤差よりもモデル化の誤差が大きくなってしまい、そのため、この誤差が互いに相関をもつようになる。候補者は、このような場合に、共分散行列の非対角成分を無視すると、インバージョン問題が不安定になることを示し、共分散行列非対角成分を考慮したインバージョン手法を構築し成功を収めた。

3)大地震発生直後の早い時点に、地震波形による震源インバージョンを行って、信頼性の高い速報解を世界に発信しており、日本の地震学に対しても、世界へのアピールという点でも貢献は大である。

 以上の理由から、候補者は日本地震学会若手奨励賞を受賞するに値すると判断する。

2.受賞者:山田 卓司

受賞対象研究

震源極至近距離における地震観測データ解析による地震のスケーリング則

受賞理由

 候補者は、マグニチュード1以下の極微小地震による震源インバージョンを実施し、これら極微小地震の破壊を支配する震源パラメータの特徴が、大地震や中小地震と同様であることを示し、この規模の地震においても地震のスケーリング則が成り立っていることを示した。この成果は、震源過程研究に重要な知見を与える貢献と考えられる。

 候補者は、南アフリカ金鉱山の地下2.4kmという環境における15kHzサンプリングの3成分加速度計による約3万個の地震の膨大なデータが利用に恵まれ、それらの記録から非弾性減衰の影響が小さい径路の記録を注意深く選び出し、高周波帯域における精度向上を試みるなど、データ解析に対する厳密な姿勢が大きな成果をもたらしたものと考えられる。

 得られた成果は、単にスケーリング則を極微小地震領域に拡張できただけではなく、地震学的に重要な以下の結論を含んでいる。

1)解析出来る特徴的な断層破壊のサイズを大幅に引き下げたことにより、複雑なすべり領域の伝播が極小規模地震破壊でも支配的な様相を示し、地震発生には準静的な破壊核形成を伴わないことを明らかにした。

2)極微小地震波形の立ち上がり時の卓越周期と地震の最終規模の線形的な経験則は、緊急地震速報等への応用など実用上は有効であるものの、その関係には震源物理の情報は含まれてはいない。この結果は、今後の緊急地震速報の精度向上について重要な示唆を与えるものである。

 近年、サンアンドレアス断層貫通掘削計画において極微小地震の震源ごく近傍における観測研究が行われているが、候補者の研究はこのような極微小地震の発生プロセスについての国際的関心に先行するものであり、研究活動の活性化にも大きな役割を果たしている。

 また、候補者は国内外に積極的に活動の場を求めて研究活動を実践し、それぞれの研究機関で着実に成果を残しており、今後の国内のみならず国際的な活躍も大いに期待される。以上の理由から、候補者は日本地震学会若手奨励賞を受賞するに値すると判断する。

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